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のんびりと気まぐれに、好きなもの、児童書や絵本、ブックデザインのことなど。 by ぽち(編集・デザインの仕事をしています)

『星の王子さま』


たいせつなことはね、
目に見えないんだよ……

子供の頃は不可解な世界に感じたのに、「大人」の部類に入る年齢に達した頃に、この本から漂う悲しみに、淋しさに、説教じみた(と評する声もある)メッセージに、そして何より目に見えない「たいせつなこと」に、しみじみと感じ入るようになりました。

それは、児童書であるはずのこの本が、「かつてこどもだった大人」のために、生み出されたものだからかもしれません。

星の王子さま―オリジナル版
『星の王子さま』
/アントワーヌ・ド・サン=テグジュペリ
内藤濯・訳
発行:岩波書店
原題:Le Petit Prince







中学生の頃、部活の顧問の先生に、お子さんが生まれました。
先生は嬉しそうに、「濯」(あろう)と名づけること、それが尊敬する人のお名前であることを教えてくれました。
それが『星の王子さま』の訳で有名な内藤濯さんのことだと気付いたのは、それからだいぶ後のことです。
心優しく、ちょっと気弱で、生徒になめられがちだった先生。どこか繊細で、噂では心を病んで教師を辞められたと聞いたけれど、お元気でいらっしゃるとうれしいです。

もしかして、サン=テグジュペリのような人になってほしいと願って、先生は「濯」と名づけたのかもしれません。
そう思うくらい、彼は「かっこいい大人」です。
常に危険と隣り合わせの飛行士だったからでも、幾つものベストセラーを生み出した偉大な作家だからでもありません。

遭難した友達のためには命を賭してでも助けに行く、関わったすべてのものを守る人でした。
なにしろ自身がリビア砂漠に墜落したときですら、悲嘆に沈んでいるであろう身内や僚友の辛さを思い、「ぼくこそが彼らの救援隊なのだ」といって、喉の渇きに苦しみながらも3日間、砂ばかりの世界を約200キロ歩きつづけた人なのです。

その責任感は『夜間飛行』のリヴィエールに、探究心や同情は「ぼく」や「王子さま」になって、生きています。
彼こそ本当の意味で「少年の心を忘れない大人」だったのではないでしょうか。


1944年7月31日、偵察機で飛び立った彼は、消息不明になり、2004年、その飛行機の残骸が60年ぶりに発見されました。
墜落原因はわからなかったそうで、行方不明後には自殺説や撃墜説など美化・中傷あれこれあったようですが、彼の人柄を考えるにつけ、任務遂行上での事故だったのでは、と、わたしは想像しています。
自殺するほどペシミスティックな人が、友達のたいせつさや生きる力をくれる『星の王子さま』を生み出せるとは到底思えません。


70才で本書を訳した内藤濯さんは、初めて原書にふれ、献辞の、

「おとなは、だれも、はじめは子どもだった。(しかし、そのことを忘れずにいるおとなは、いくらもいない。)」

という文がまず目に飛び込んできた時は、身がすくむ思いがしたとのこと。

この献辞を受けたレオン・ウェルトは、ユダヤの人です。22才も年上の思想の異なる作家でしたが、サン=テグジュペリとは無二の親友の仲でした。
『星の王子さま』が刊行された1943年、レオン・ウェルトはフランスで、ナチス・ドイツによる迫害に苦しんでいました。
フランス人でありながらアメリカに亡命していたサン=テグジュペリは、どんなにかその消息を心配していたことでしょう。
星に残してきたたった一つの愛する花の枯れてしまうのを悲しんで、無防備に泣いてしまう王子さまのように。


「大人から見た子供の理想像」を「説教」しているものではなく、大人ってどうしてわかってくれないんだろう? という疑問が子供の視点で描かれている本書。
「ぼく」の語りで「王子さま」のことを話し始めたはずの物語に、いつのまにかすぐ隣に王子さまがいるかのように引き込まれてしまいます。

〈この王子さまの寝顔を見ると、ぼくは涙の出るほどうれしんだが、それも、この王子さまが、一輪の花をいつまでも忘れずにいるからなんだ。バラの花のすがたが、ねむっているあいだも、ランプの灯のようにこの王子さまの心の中に光っているからなんだ……〉

 まったく、ふしぎなことなのです。あの王子さまを愛しているあなたがたと、ぼくにとっては、ぼくたちの知らない、どこかのヒツジが、どこかに咲いているバラの花を、たべたか、たべなかったかで、この世界にあるものが、なにもかも、ちがってしまうのです……
 空をごらんなさい。そして、あのヒツジは、あの花をたべたのだろうか、たべなかったのだろうか、と考えてごらんなさい。そうしたら、世のなかのことがみな、どんなに変わるものか、おわかりになるでしょう……
 そして、おとなたちには、だれにも、それがどんなにだいじなことか、けっしてわかりっこないでしょう。

それでも、すべての人が、すべての大人が、いつでも綺麗な星を見て、たった一つの花の咲く王子さまの星を思い、また美しい砂漠を見て、隠れている井戸を思い、そして、微笑むことができますように。
子供には、笑っていてほしいから。

はっきりとは書いていない、目に見えない「たいせつなこと」。
それは読んだ人それぞれに違うのかもしれません。
わたしはわたしの思う「目に見えないたいせつなこと」を、だいじにしていきたいです。


補足:
●内藤濯さんのほかの訳書は、ブールジェの『嘘』『弟子』、モリエールの『人間ぎらい』、ジャン・ラシーヌの『フェードル』など。
 お父様は横井小楠の弟子で、熊本に医学学校を開校した内藤泰吉さん。
 息子さんの内藤初穂さんも本を書かれています。

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コメント 4

ikubotok

僕は笑顔がたいせつって最近感じてます。

by ikubotok (2010-03-12 21:21) 

ぽち

ikubotokさん、こんばんは。
「笑顔がたいせつ」って、いいですね。
笑顔は万国共通だし、すごい力を持ってますよね。
人を笑顔にできるといいなあとわたしも思います。^^
by ぽち (2010-03-12 22:00) 

やまねこ編集長

ぽちさん、お久しぶりです。
(^^)
「星の王子さま」は、ワタシにとってもかけがいのない物語です。この物語には、言いようのないほどたくさんの慰めと生きる勇気とをいただいてきました。
何度も読み返してきました。
そのたびに、この物語がこの世に存在していることの奇跡に感動します。
-(や)-
by やまねこ編集長 (2011-02-08 08:40) 

ぽち

やまねこ編集長さん、お久しぶりです!
ご丁寧に、わざわざいらしていただき、ありがとうございます。
やまねこ編集長さんにとって『星の王子さま』は、とても大きな存在なのですね。
この同じ世界に存在することが嬉しいと思える、出会いの奇跡。
そんな存在は、ずっと大切にしたいですね。
ではでは、またお邪魔させていただきますね。^^
by ぽち (2011-02-10 00:50) 

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